かもめのジョナサン (新潮文庫 ハ 9-1)のレビュー
人間のジョナサンになれるか
社会に於いて人間は、ある種決められた世界で生きている。それはそれで正しい。カモメは飛ぶ事が最大の武器である。その武器によって餌を取りコミュニティーを作り社会を形成している。では人間は何か?それは最大の武器は知能である。勉強し大学に行き少しでも良い就職先を選び生活を確保する。
子供の頃、何の為に勉強するのかを聞いたら大学へ行き良い会社へ行く事への準備だと教わった筈だ。答えられなかったとしても結局そのような流れになっている。では食べる為に勉強しているのか? ジョナサンは人間の脳はもっと違う事に使う為にあるのではないのか?と疑問を投げかけていると思う。確かに人間社会にもジョナサンのような人物はいる。しかし殆どの人間はジョナサンでいう地上に住み群れて生活をしている。それを否定してる訳ではないが、もっと飛ぶ事(頭を使う事)の意義を考える必要があると感じた。
学者になり新しい発見をし人間社会に貢献してる人もいるし、会社を起こし新しい雇用を作り社会に貢献してる人もいる。一番大切なのは何の為に勉強をしているかだと思う。ここでいう勉強とは頭を使うという事である。
社会的地位の高い職業は、本来はジョナサンのような生き方をしなくてはならないのではないだろうか?その対価でお金を貰っているに過ぎない。ジョナサンのようなレベルになれば今度は社会に還元していく行き方こそが理想なのかもしれない。
色々考えさせられた本でした。
子供の頃、何の為に勉強するのかを聞いたら大学へ行き良い会社へ行く事への準備だと教わった筈だ。答えられなかったとしても結局そのような流れになっている。では食べる為に勉強しているのか? ジョナサンは人間の脳はもっと違う事に使う為にあるのではないのか?と疑問を投げかけていると思う。確かに人間社会にもジョナサンのような人物はいる。しかし殆どの人間はジョナサンでいう地上に住み群れて生活をしている。それを否定してる訳ではないが、もっと飛ぶ事(頭を使う事)の意義を考える必要があると感じた。
学者になり新しい発見をし人間社会に貢献してる人もいるし、会社を起こし新しい雇用を作り社会に貢献してる人もいる。一番大切なのは何の為に勉強をしているかだと思う。ここでいう勉強とは頭を使うという事である。
社会的地位の高い職業は、本来はジョナサンのような生き方をしなくてはならないのではないだろうか?その対価でお金を貰っているに過ぎない。ジョナサンのようなレベルになれば今度は社会に還元していく行き方こそが理想なのかもしれない。
色々考えさせられた本でした。
感動の鳥肌が立つ。
「人生とは、何か」を問い掛ける『かもめのジョナサン』である。
目の前の食べることだけを追い求めるのではなく、かもめの可能性を追求したジョナサンの物語から、僕らが学ぶことがある。
社会の中で、大衆の中で、家族の中で、一般常識を超えた行動に対する非難と、孤独、自分自身と戦いながら、挑戦を続けるジョナサンの姿から、熱い情熱が伝わってきます。
ジョナサンが古巣に戻って、次の世代に、かもめの可能性を伝授する愛情に、社会が進歩する姿を見ることができる。
一羽のジョナサンが、かもめの歴史を変える物語でもある。
目の前の食べることだけを追い求めるのではなく、かもめの可能性を追求したジョナサンの物語から、僕らが学ぶことがある。
社会の中で、大衆の中で、家族の中で、一般常識を超えた行動に対する非難と、孤独、自分自身と戦いながら、挑戦を続けるジョナサンの姿から、熱い情熱が伝わってきます。
ジョナサンが古巣に戻って、次の世代に、かもめの可能性を伝授する愛情に、社会が進歩する姿を見ることができる。
一羽のジョナサンが、かもめの歴史を変える物語でもある。
「生きるため」ではなく、「生きること」
中学生以来、久しぶりに読みました。当時の印象はかもめの写真と物語が交互にあって、綺麗な本だなぁ、程度のものでしたが、今読み返してみると、ジョナサンの生への躍動が、日々の惰性的な生活に喝を入れているようで、清々しかったです。ジョナサンにとって大切なのは、「生きるため」ではなく、「生きること」てある。餌をとったり群れの掟に従うことではなく、とにかく速く飛ぶこと(=生きること)なのである。その思想は同じ志を持つ者に受け継がれ、徐々に広がりをみせてゆく。一時的欲求がある程度満たされた現代における、二次的欲求への渇望が描かれているといえよう。
危険
精神的真実について
気付きはじめた人が
気付いているということを
確認するための本
それ以上でもそれ以下でもないが
そういう確認作業というのは
何度やっても喜びであり
喜びは自信となり
全ての原動力になるのではないかと思われました。
真実とは?
完全とは?
著者の主張は時に和音となり、また不協和音となり
心地よく感動の音が響いていた。
ただ・・・
考えているだけで
食わなければ餓死してしまう
ジョナサン
私は君に
いいしれない嘘っぽさを感じたんだ
私はスピードの塊じゃない
思考でも感情でもない
かもめも私も形を持ってる
現実を否定するな
否定の上に幸福はない
気付きはじめた人が
気付いているということを
確認するための本
それ以上でもそれ以下でもないが
そういう確認作業というのは
何度やっても喜びであり
喜びは自信となり
全ての原動力になるのではないかと思われました。
真実とは?
完全とは?
著者の主張は時に和音となり、また不協和音となり
心地よく感動の音が響いていた。
ただ・・・
考えているだけで
食わなければ餓死してしまう
ジョナサン
私は君に
いいしれない嘘っぽさを感じたんだ
私はスピードの塊じゃない
思考でも感情でもない
かもめも私も形を持ってる
現実を否定するな
否定の上に幸福はない

何かに行き詰まったり、人との違いに悩んだりしているときにはこの小説にたくさん勇気づけられると思います。
ただ、何も考えずに読んでしまうとあまりにもジョナサンが特別すぎて普通の生活をおくる「かもめ」たちが何も考えない劣った存在のように感じてしまいます。人によっては鼻に付くような話だと思うでしょうし、また、ある人が読むと場合によっては考え方が違う他人を劣った存在と見せてしまうかもしれません。
でも、リチャード・バックが次に書いた「イリュージョン」を読むと、この小説の捉え方が変わります。
「かもめのジョナサン」はジョナサン側から見た話であるからジョナサンが特別な感じに感じられますが、それはジョナサンが「好きでやっていること」で何もジョナサンだけが特別ではないということが理解できます。
「普通と思われる生活を送る」ことも一つの選択だし、ジョナサンのように「世捨て人(鳥?)のような生活を送る」ことも一つの選択。
どちらもやりたいことをやっているだけ。そこには何も崇高だとか特別だとかということはないし、どちらが良いとか悪いとかということもない。「イリュージョン」を読むことでこの小説で世捨て人的な考え方に傾いてしまったバランスをいい具合に戻してくれます。
ジョナサンを「イリュージョン」の元・救世主のドナルド・シモダに置き換えて読むと面白いかも。